安全な環境にいるかどうかというのは私たちに大きな影響を与えます。
日本にいると、精神面で安心できるような安全な環境かどうかはともかく、少なくとも肉体的には安全な環境というのがあたりまえになっています。
私たち人間は、安全な場所にいるかどうかで表情や行動パターンは変わるかもしれませんが、姿かたちまでは変わりません。
ところが、あのとても小さな水中生物であるミジンコは、安全な場所かどうかで姿かたちを変えてしまいます。
実は、ミジンコには、背甲と長い棘状の尾(殻刺)を持つ個体と持たない個体がいます。
ミジンコの幼生を捕食者、つまりミジンコを食料としている生き物がいない水槽にいれておくと、身を守る背甲と殻刺がないまま成長します。
ところが、このミジンコと遺伝的に全く同じミジンコを捕食者の臭いを加えた水槽で育てると、背甲と殻刺を持つようになります。まぁ、身を守るための装備をつけるわけです。
すごいですよね。敵に遭遇しているわけでもないのに…。姿の見えない近くの敵に備えているというところでしょうか?
では、この背甲と殻刺のついたミジンコを捕食者の臭いのついていない水槽にいれるとどうなると思いますか?
実は、この安全な環境では、自分を殻で覆って外敵から身を守る必要がないため、背甲と殻刺がなくなっていきます。
さらに衝撃的な事実があります。
今まで捕食者を目にしたり、匂いを嗅いだりしたことのあるミジンコを捕食者のいない水槽にいれて卵を産ませると、その子供のミジンコは敵の姿を見たことも匂いを嗅いだこともないにも関わらず、大きな背甲を持つようになるというのです…。
つまり、母親の経験が受け継がれてしまった…という事です。
ミジンコは、見た目という非常にわかりやすい形で自分の状態を見せてくれています。しかし、私たち人間はどうでしょう?
自分の身を守るために、目には見えない殻を身にまとってしまっているということもあるかもしれません。そして、そういうものは意外と自分自身が一番気づきにくいものです。
そして、少なくとも人間はミジンコほど単純にはできていませんし、記憶力も優れています。そのため安全な環境に身をおいても危険を感じていた時の記憶が邪魔をして、なかなか簡単には殻が脱げないということが起こるのだと思います。
なんどもなんども今いる場所が安全で安心できる場所であるということを確認するということが必要なのでしょう。そして、本当に安心できる環境に身をゆだねることでその殻が外れ、本来の自分自身の姿に立ち戻れるのかもしれません。