カテゴリー別アーカイブ: 不合理な行動

つい同じ店に行ってしまう

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ちょっと外で食事を…と思った時、新しいお店を開拓するよりもついつい同じお店に行ってしまいます。
これは、人は失敗が怖い生き物だからだそうです。「得をしたい」という気持ちよりも「損をしたくない」という気持ちの方が強いから無難な選択になってしまうのです。
それを「損失回避の傾向」といいます。

どうしても新しいお店だとそこの料理がおいしいのか、どれくらい時間がかかるのかということがわかりません。

そのため、もし違う店に行って料理がおいしくなかったらどうしょう、料理がでてくるのが遅かったら仕事に戻れないといった失敗を恐れる気持ちが働いてしまうようなのです。

結果、新しいお店を開拓するという冒険をするよりも「やっぱりいつもの店でいいか」といった無難な選択になるわけです。

人が変わりたいと思いつつも、なかなか変わることができないのも、この損失回避の傾向のためと考えられています。

迷信はどのようにして生まれるのか

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人は、単にランダムに起った出来事であっても「偶然こういう結果になった」と考えることができないと言われています。
つまり、何らかの法則性や規則性などの秩序を見出そうとする傾向があるのです。
そのため、実際には存在しない規則性や関連性を見出してしまいます。

例えば、コインを投げた時、裏と表とがほぼ交互に出るはずだという感覚を持っています。
なので、表が続くとそろそろ裏が出るはずと思います。実際は、次に投げた時も裏が出る確率は50%と変わりはありません。
このような誤った直感を「偏りの錯誤」と呼んでいます。

では、なぜ私たちは、ランダムな事象を正しく捉えることができなくなるのでしょうか?
D. KahnemanとA. Tverskyらは、人はある特徴で物事の類似性をはかり、その類似性に基づいて判断するためだとしています。

例えば、その人が「学校の先生」というだけで、「典型的な学校の先生の特徴」というものを思い浮かべ、その人もきっとこういう人だろうと判断してしまうということです。
これは、正しい場合も多いでしょうが、もちろん全部の学校の先生たちがその特徴を持っているというわけではないでしょう。

下記も参考に
迷信はどのようにして生まれるのか(動画)
https://www.youtube.com/watch?v=1oL-P0niNvA

脳とこころの豆知識 ― 不合理な行動

目先の利益に捉われてしまう~時間割引~

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先日、iPhone5からiPhone6 plusに変えてからのiPhone生活はなかなか快適です。
当初は、あの大きさはいかがなものかと思いましたが、意外と平気なものですね。

何といってもすぐに充電が切れることがなくなったのが嬉しいです。やっぱりバッテリーって大事ですね。ただ、問題が一つ。購入時からついているいくつかの1ケ月だけ無料というプラン。外すのを忘れたら、月額がえらいことになりそうです。

もったいないからと1ケ月だけ使おうなんて考えずにさっさと外してしまった方が無難ですかね。とりあえずはブック放題と映画・音楽放題は気になるので、少し様子を見てそれ以外は今日にでもさっさと外してしまおうと思います。

それはともかく、最近のマーケティングでは目先の利益よりも顧客との信頼関係を築くことに重点を置いた「アドボカシー・マーケティング」という手法が出てきています。
日本でもマサチューセッツ工科大学のグレンアーバン教授の著作での紹介がきっかけとなり広まってきています。

長く続く商売をしようと思ったら、そんなことはわざわざそんな用語を作りださなくても当たり前のようにも思いますが、改めて本質が見直されて大切にしようというところにきたということに今という時代を感じます。
感情や欲望をあおり、ただ次々と物を売る時代から、顧客との信頼関係を大切にする時代へ変わりつつあるのかもしれません。

ネットの発達によって今までのマーケティング手法が通じなくなり、アドボカシー・マーケティングという考えが出てきたそうです。
人というものはいろいろと経験を積むことで本当に大切なことにあらためて気づき、本質に近づくのかもしれません。

私たちはどうしても目先の利益にとらわれがちです。
でなければ、「目先の利益にとらわれるな」という教訓は生まれなかったでしょう。
まぁ、ある意味、これは動物の本能とも言えます。
長期的に物事を考えるというのは、本来備わったものというよりも学習して身につけたものだから苦手なのはしょうがないですよね。

将来の利益よりも、今すぐ満足を得たがる傾向のことを「時間割引」と言います。
例えば、「今すぐに100ドルを受け取るか」「1か月後に120ドルを受け取るか」と聞かれた時、多くの人が「今すぐに100ドルを受け取る」ほうを選ぶそうです。
1か月に20ドルという利回りの良さにもかかわらずです。

ところが、おもしろいことに、これが「1年後に100ドル受け取るか」「1年1か月後に120ドル受け取るか」という選択だと結果はまったく変わってきます。
同じ1ヶ月の違いであっても、今度は圧倒的に「1年1か月後に120ドル受け取る」ほうを選ぶ人が多いそうです。

では、どうして私たちは1ヶ月待たずに今すぐ手に入れることを選んでしまうのでしょうか?どうもこれは、今すぐに手に入る方がワクワクするから…らしいのです。
ちゃんと脳の画像検査でも確認されていますよ。
今すぐ手に入った場合は、感情と関係のある「大脳辺縁系」が活性化するそうです。

もちろん、理性で感情をコントロールすることが難しい動物ではこの傾向は強くなります。
マーモセットやタマリンなどの猿を訓練して、餌をすぐに2粒受け取るのか、少し時間がたってから6粒受け取るのかを選ばせる…という実験があります。

タマリンは平均8秒、マーモセットはもう少し忍耐強くて平均14秒だったそうです。
それ以上になっちゃうと、すぐに餌がもらえる方を選んじゃうんですね。

ちゃんと人間らしく、本能に振り回されないで生きたいと感じた朝でした。

なぜ嘘をついてしまうのか

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【目次】
1. 嘘つきは脳の働きが違っている
2. 愛のホルモンが人を嘘つきにする?!


1. 嘘つきは脳の働きが違っている

ついつい嘘をついてしまう人っていうのは、正直な人と脳の働きが違うようです。

京都大学の阿部修士特定准教授らが米国誌ジャーナル・オブ・ニューロサイエンスに報告したものです。
20~30代の学生ら約30人を対象に次の2種類の実験を行いました。

1) 表示される画像に従ってボタンをうまく押せば報酬がもらえる
2) コインの裏表を予測。正解だとお金がもらえ、不正解だとお金を失う
これを以下の2条件で行う
① あらかじめ解答を報告する
② 心の中で予測し、正解かどうかを自己申告

実験 1)では、報酬への期待が大きいほど、報酬を期待された時に働く「側坐核(そくざかく)」という脳の部位が活性化していました。
まぁ、当然といえば当然ですよね。

そして、実験 2)では、申告した場合の正答率が不自然に高い場合、嘘をついたとみなされます。すると、実験 1)で「側坐核」の働きが活発だった人ほど嘘をうく確率が高かったそうです。

つまり、報酬への期待が大きいほど、ついつい嘘をついてしまうということです。
でも、中には、報酬への期待が大きくても嘘をつかない人たちもいました。

そういう人たちの脳は、「背外側前頭前野(はいがいそくぜんとうぜんや)」という理性的な判断や行動をつかさどる脳の領域が活発に働いていたそうです。
報酬への期待を頑張って理性で抑えていたということでしょうか?

人は何かに対する期待が大きい…つまりそれを手に入れたいという欲求が強いとそれを手に入れようと嘘をついてしまうのかもしれません。人から「すご~い」と尊敬してほしくて、ついつい見栄を張ってしまうのも似たようなものかもしれません。

元ネタはこちら
http://www.asyura2.com/09/health15/msg/274.html

Lie-detecting software uses real court case data (Dec 10, 2015)
ミシカン大学の研究者たちが実例をもとに嘘を発見するソフトウェアを開発。75%もの正確さ。

2. 愛のホルモンが人を嘘つきにする?!

私達が人と触れ合ったり、恋をしたり、赤ちゃんを産んだり、母乳を赤ちゃんに与えたりするときに出るホルモン、「オキシトシン」は「愛のホルモン」とも「幸せホルモン」とも呼ばれています。
また、この「オキシトシン」は、抑うつ気分を改善するセロトニンの分泌を促したり、社会性が向上するとも言われています。

今までは、この「オキシトシン」の良い面ばかりがクローズアップされていましたが、どうも困った作用もあるようです。

イスラエルのBen-Gurion University of the Negevとアムステルダム大学の共同研究チームによる報告によると、なんと嘘をつくのを躊躇しなくなるという作用があるそうなんです。

健康な男性60人を対象に行っています。
2つのチームに分けて、コインを投げて裏か表かを当てる簡単な賞金付きゲームをしてもらいました。予想があたった場合には、40セントがもらえるというものです。
片方のチームには、ゲーム30分前にオキシトンを鼻に噴射します。そして、もう一方のチームには偽薬を噴射します。

もちろん、どちらが偽薬かどうかは誰も知りません。

結果は、両チームともにゲームに勝つために嘘をつく人はいました
しかし、ホルモンを体内に入れたチームのほうが嘘をつく確率が高かったのです。
そして、同じように嘘をつくのでも、ホルモンを噴射した人のほうが嘘をつく速度が速かったのです。つまり、躊躇なく嘘をついたということです。

愛と幸せのホルモンが嘘をつきやすくするなんて…個人的には、この結果…ちょっとショックです。

元ネタはこちら
http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2593802/Can-love-hormone-make-LIE-Researchers-say-oxytocin-increase-dishonesty.html#ixzz2xcvff9aA

脳とこころの豆知識 ― 不合理な行動

差別

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昨日は、南アフリカでアパルトヘイト政策撤廃のために活動したカリスマ的指導者であるネルソン・マンデラ氏の誕生日にちなんでできたネルソン・マンデラ国際デー。
Googleのロゴもそれにちなんだものになっていましたね。

アパルトヘイト政策が完全撤廃されてから、まだわずか20年。
未だに人種だけでなく、いろいろな差別が残っています。
どうして、同じ人間でありながら「差別」という問題が出てくるのでしょうか?

マーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺をきっかけにジェーン・エリオット先生が1968年4月に始めたこの実験的授業。理不尽な差別を子供たちに実感させるこの授業。
たぶん、現在の日本では、まず実施することは難しいでしょう。

クラスの生徒を青い目と茶色い目に分けます。
先生は青い目の人は優秀であるとして、青い目の子をひいきします。
すると翌日には、茶色の目の子供たちは、やる気をなくし、青い目の子供たちは茶色い目の子供たちをバカにするようになります。

ジェーン・エリオット先生によると「賢くて仲が良かった子供たちは、たった15分で別人のようになった」そうです。

そこで、その翌日、先生は「青い目の人が優秀だと言ったのは間違いでした。本当は茶色い目の人が優秀なのです」と告げます。そして、今度は茶色い目の子をひいきします。

するとダメな子だと言われてた時には5分30秒かかった問題が、優秀だと言われた時には2分30秒で終えたそうです。優れた人間だという意識が子供たちの能力を高めたということです。
そして逆に、優秀だと言われた初日には3分しかかからなかった問題が、ダメな子だと言われた翌日には4分18秒もかかりました。

そして、翌日、その後で差別を受けた時どういう気持ちになったのかをシェアし、差別をすることをどう思うかということを話し合ったのです。
子供たちは、人種差別がいかに理不尽でばかばかしいことなのかということを体感したのです。

私たちは、人種という枠ではなくても、なにかにつけ優劣をつけることがあります。
そこにあるのは単なる特徴や個性でしかないのに。

実験動画はこちら
実験動画では、大人になった当時の子供たちが集まって当時の様子を笑いながら見ています。
http://www.dailymotion.com/video/xp34v2_iii-iiii-iiiiiiiiiiii_news#.UYbMHrW-2Sp

脳とこころの豆知識 ― 不合理な行動

服従の心理~ミルグラムの実験~

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7月1日は、更生保護の日です。
私たちは、閉鎖的環境では、ついつい権威がある人物に従ってしまいます。
これは、冷静に考えれば理不尽であることでさえそうです。

東欧地域の数百万人のユダヤ人を絶滅収容所に輸送する責任者であったアドルフ・アイヒマンが裁判の過程で見せた人間像は、人格異常者などではなく、真摯に「職務」に励む、一介の平凡で小心な公務員の姿であったことは、逆に心理学者たちに衝撃を与えました。

そのことから有名なミルグラムの実験が生まれます。『普通の人でも多くのユダヤ人を強制収容所に送り込んだナチス戦犯になりうるのか?』ということを調べるために行ったものです。1963年にイェール大学のスタンリー・ミルグラムにより報告されました。

被験者は20~50歳の男性で、「生徒役」と「教師役」に分かれ、学習における罰の効果を測定すると説明を受けました。「生徒役」は実は役者さんで、「教師役」だけが本当の被験者です。
「教師役」の人は、「生徒役」の人が受ける痛みがどのようなものか理解してもらうため、最初45ボルトの電気ショックを体験してもらいます。

「教師役」の人は、「生徒役」の人が答えを間違えると電気ショックを流すように指示を受けます。最初は45ボルト、1問間違えるごとに15ボルトずつ電圧の強さをあげるように指示されました。
実際には「生徒役」の人には電気ショックを加えませんが、「生徒役」の人は電流の強さに応じて、苦痛の演技をします。
「教師役」の人が実験の続行を拒否した場合、白衣を着た権威のある博士らしい男性が実験を続行するよう伝えます。4回伝えても以前拒否した場合には、実験は中止されます。

結果はというと、別室で絶叫だけが聞こえる場合、被験者40人中25人までもが、最大ボルト数である450ボルトまで電圧をあげたそうです。
実際に目の前で苦しむ姿を見せた場合でも、40人中12人が最大ボルト数まで電圧をあげました。

かなり衝撃的ですよね。
特に、被験者がもうすでに実験を開始していた場合には実験を拒否するのが難しいそうです。
というのも、途中で実験続行を拒否するという事が、自分がすでに行っていることを間違っていると認めることにもなるからではないかと推察されています。

同様に宣伝文句が不当であったとしても、商品購入後もまだ宣伝文句を信じる傾向にあります。
自分は商品を買う際に正しい選択をしたと信じたいために、自分自身をだまし、その商品の優位性を信じ続けるといったこともみられるそうです。
自分は大丈夫…と思わずに、いったん決めた事でも、その都度、改めて選択するようにしたいですね。

こちらは、2004年に実際にアメリカで起きた事件をもとにした映画
「コンプライアンス 服従の心理」の予告篇です。
http://www.youtube.com/watch?v=84FajmmNTRs

脳とこころの豆知識 ― 不合理な行動

パワーハラスメント

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6月21日の都議会でのヤジが問題になっていますね。

ごく一部にヤジは議論を活発にするために必要だという意見もありましたが、建設的な話し合いをするという点においては、思い込みを排して相手の話を冷静に聴くということがもっとも重要になります。

発言の内容以前に、話の途中でヤジを飛ばす行為は、その人の話を聞くという姿勢がない、つまり最初から建設的な話し合いをする気持ちのない行為と受け取られてもしかたがありません。

権力者は、時として正しくない行為に走りやすくなります。
職場でのパワーハラスメントが社会問題となり、2012年1月には厚生労働省がパワーハラスメントの定義付けを含めた、予防や解決の取り組みについての報告書を発表しています。

では、どうしてこういう問題が起きるのでしょうか?
権力者は他者の状況や感情に対する共感性が低くなると言われています。
権力的な地位にある人は、他の人を判断する際に、ステレオタイプ的判断を行いやすく、一般化しやすいそうです。

ノースウェスタン大学のAdam Galinskyらによる実験です。
被験者に自らが大きな権力を手にした経験、あるいは自分に何の権力もないと感じた経験のいずれかを語ってもらいます。
そして、その後に「E」の文字を書いてもらうと、権力を手にした経験を語った被験者の方が、文字を他人から見て左右逆に描く傾向がはるかに強かったそうです。これは、権力を手にすると、世界を他者の視点から想像することが難しくなるせいではないか…と推測されています。

さらには、権力者は偽善的傾向を持ちやすい、という事を別の実験から主張しています。
一方のグループには、仕事の交通費を不正請求する行為は、倫理的にどの程度悪事にあたるかを9段階で評価してもらいます。

もう一方のグループには、さいころを使ったゲームに参加してもらいます。被験者は他人には見えないところでサイコロを振り、サイコロの出た目に応じて、決まった枚数の宝くじを各被験者からもらえます。つまり、出た目が大きいほど、もらえる宝くじも増えます

前者の実験では、権力を手にした経験を事前に想起していた被験者の方が、交通費の不正請求に対する倫理的評価は優位に厳しかったそうです。
ところが、サイコロのゲームでは、権力を想定したグループの被験者では、サイコロの出た目の平均値が偶然のレベルを平均20%も上回っていたそうです。つまりは、虚偽の数字を申告した可能性が高い…という事です。

次のような報告もあります。
約束の時間に遅れてスピード違反をする行為に関して、両グループにしたところ、権力を想起したグループは自分が当事者の時より他人が当事者の時に、より厳しい評価を下す傾向を一貫して示したそうです。他の人は法律に従うべきだが、自分は重要人物で重要な行動をしているから、スピード違反にも適切な理由があると感じやすい、というのです。

要するに、正しい行いは何かという事を知っていても、自分が権力を手にしていると感じると、倫理的誤りを正当化しやすいようです

これはあくまで傾向です。権力者にもいろいろな方がいます。
権力者本人が自分はどうありたいのかを忘れず、意識的に行動していく必要があるのかもしれません。

職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000021hkd.html

脳とこころの豆知識 ― 不合理な行動

他人からの評価を気にしてしまう~独裁者ゲーム~

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人間は、社会的な動物です。
他の動物との一番の違いは、理性的に物事を考え、判断するために必要な前頭葉です。前頭葉の前頭前野は、「客観的自己像」といって自分が他人の目にどう映っているのかということを判断する場所といわれています。

私たちは、そのため理想の自分に近づこうと努力をし、社会的規範にのっとって生活します。
良い側面もありますが、そのことは自分自身に制限をかけることにもなります。

では、私たちはどのくらい他人からの評価を気にしているのでしょうか?
人から評価を得ることを大切に考えているということを証明する実験として「独裁者ゲーム」があります。

この実験では、二人一組となり、どちらか一人が独裁者となります。
独裁者に、相手と1万円を分けてもらいます。どのように分けるのかは一人で決められ、相手には変更を希望する権利も、断る権利もありません。なにせ、独裁者ですから…
つまりは、相手に1円だけ渡して残りを自分がもらってもいいわけです。

しかし、実験結果はどうだったと思いますか?
ほとんどの人が「5対5」に近い割合で1万円を分けたそうです。より多くのお金を受け取ることより、人からの評価や自分が自分に下す評価を大切にした…という事です。

他人に配慮し、社会的規範に沿った生活は大切ですが、行き過ぎるのも考えものです。
自分自身に制限をかけすぎてはいませんか?

脳とこころの豆知識 ― 不合理な行動

私たちのとる行動の80%以上はお決まりの習慣に従っている

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私たちは、毎日いろいろなことを決めています。なんとその数、一日35,000回だそうです。
「朝目が覚めたときにすぐに起きるのか」といった些細なことから、「転職するかどうか」といった重大なことまでこれだけ多くの意思決定をしているわけです。
私たちの人生は、こういった日々の膨大な選択の積み重ねで決まっているといっても過言ではありません。

ところが、残念なことに私たちの選択のほとんどは、無意識にいつもの習慣や考え方に沿っているといわれています。
「私たちのとる行動の80%以上はお決まりの習慣に従っている」という衝撃の報告まであります。

複雑ネットワーク研究のパイオニアであるアメリカノースイースタン大学のバラバシ博士が行ったものです。
5万人の携帯電話の使用履歴を3か月にわたって調べ、各人の移動のエントロピー(無秩序さのパラメーター)を算出しました。

数値は割愛しますが、ざっくりいうと日ごろの行動パターンを知っていれば、「あの人が今どこにいるのか」を平均2か所以内に絞ることができるということらしいのです。
確かに。昔、夜に病院を脱けだした人がいましたが、速攻で奥さんに見つかっていました(いた場所は行きつけの飲み屋でした)。

ファノ不等性係数という、「どこまで正確に人の移動パターンを言い当てることができるか」という予測率も計算されています。
これがなんと平均93%で、不規則な生活をしている人でさえ80%を下回ることがないそうです。
つまり、「私たちのとる行動の80%以上はお決まりの習慣に従っている」ということになります。

バラバシ博士らは、自由に行動しているようであっても、本人にも自覚できない行動のクセがあり、行動が常同化しているのではないかと推察しています。そして、「ヒトには変化や自発性への強い願望はあるが、現実の生活は強い規則性に支配されている」と論文を結んでいます。

いくらなんでも、そこまで人間は単純なんだろうかとにわかにこの結果は信じがたいものがあります。
しかし、少なくとも、よほど意識的に日々の行動を決めないと変われないということは真実であるような気がします。1日35,000回ですから、ある意味しょうがないですよね。

脳の取扱説明書 p135

Limits of predictability in human mobility.
Chaoming Song, Zehui QuNicholas BlummAlbert-László Barabási
Science  19 Feb 2010:Vol. 327, Issue 5968, pp. 1018-1021 DOI: 10.1126/science.1177170

http://www.barabasilab.com/pubs/CCNR-ALB_Publications/201002-19_Science-Predictability/201002-19_Science-Predictability.pdf

脳とこころの豆知識 ― 不合理な行動

他人の評価が気になるわけ

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私たちはどうしても「客観的自己像」、つまり「ほかの人にいったい自分はどう映っているんだろう」ということを意識してしまいます。
これは、単に外見などの見た目の印象だけの話ではなく、性格や能力に関しても当てはまります。
他の人たちや世間の様子をうかがい、自分と比較しているわけです。

多くの人には、『自分はこうありたい』という「理想の自己像」というものがあります。
そして、現在の自分自身や「客観的自己像」をその「理想の自己像」に近づけたいと思っています。

そのために、ダイエットしたり、いろいろと習い事をしたりと自分磨きをするわけです。
「あんまりそういうことはしていないかも」と思うかもしれませんが、ちょっと辛いことがあっても人には笑顔で接したり、外出する時には身だしなみを整えたりすることも同じようなことです。

この「客観的自己像」に関係するのが、脳の前方にある前頭前野内側(ぜんとうぜんやないそく)と呼ばれる場所ではないかと言われています。
というのも、この場所は、性格を表わす形容詞、例えば、「優しい」「親切な」「怒りっぽい」といった言葉を提示した時、それが自分に当てはまるかどうかを判断するという自己評価課題で活性化します。
つまり、自分がどういう人かということを評価しているときに働いているのです。

さらに、この場所は、他の人から自分の名前を呼ばれたり、見つめられたりしても活性化するということが分かっています。
つまり、他人が自分のことを意識していると感じた時にも活動するということです。

他人の目を意識することは、自分を成長させることにつながるいっぽうで、羞恥心や罪悪感といったネガティブな感情を引き起こすことにもなります。

私たちが持っている「理想の自己像」というのは、両親や友人、社会によって「こうあるべき」ということを学習し、作られたものです。
の「理想の自己像」と現実の自分とのギャップが、羞恥心や罪悪感といったネガティブな気持ちを生み出すのです。
そして、「こうあるべき」という思いがあまりに強すぎると、本当に自分のやりたいことがわからなくなったり、やりたいことへの一歩が踏み出せない原因にもなってきてしまいます。

脳の取扱説明書 P85

客観的自己像

脳とこころの豆知識 ― 不合理な行動